2006年03月30日

お笑い 島田紳助編その2

記事3月28日分のつづき…

漫才ブームが去り、お笑いを続けるべきか熟考していた紳助は
結局田原総一朗のサンデープロジェクトという番組の司会を
務める事になったのだが、この番組を受ける時も「俺みたいな
お笑い芸人なんかに務まるのか」と相当迷ったらしいが最終的
に田原本人から説得されたらしい。

真面目な紳助さんは硬派な時事ネタを扱う番組という事で相当
勉強したらしい。他の番組に出る時も控え室では常に分厚い
本を読み漁り、久米 宏を目指したという。
しかし本人曰く俺が久米 宏になるには あと3回生まれ変わらな
ければ追いつかない事に気が付いてやめたと言っていた。

家に居る時も自分で問題用紙を作り、それをテストしては何度も
何度も解いていくという地道な陰の努力を続けていたという。
本当にこの辺はお笑い芸人とは思えない作業であり、当時の芸人
は生き残るにはここまでしなければ残れなかったというシビアな
時代だったのかもしれない。

そしてそんな紳助の真摯な姿勢も実を結び、すっかり知的なイメ
ージもついた。たまにサンプロのコーナーの締めの部分で田原に
「ど〜う、紳助さん今の話わかった?貴方はどう思う」と
振られるのだが、これだけ勉強して知識豊富なはずなのに案外
返答は短めでいつも田原の問いを軽くかわしている様な感じに
思えた。喋ればきっと太田 光の様に熱弁出来るはずなのに…
遠慮しているのか?
サンプロの司会は田原に、いつ政治的な質問をされるかという
緊張感があるはずなのだが今の司会のうじきつよしを見ている
と何か楽な姿勢でやっている様に見えるのは私だけ?

現在の紳助は仕事も順調で週休3日位ありもちろんギャラ
だって破格なはずだ。本人曰く金はもう要らないと言っている。
プライベートでも大阪に帰れば昔の友人にも会え、大好きな
沖縄や石垣島にも店を持っていていつでも行ける。
友好関係も広そうだ。しかし人が羨むほど幸せそうな生活
なのに何故か解らないのが、死にたいと思う程、鬱な時がよく
あるそうだ。

その反面50歳を迎え死に対しても すごく敏感になっている。
何が満たされないのだろうか?逆に満たされすぎてるのか?
私にはわからない…
一つだけわかるのは この人確実に若さを欲っしている様に
思える。子供の頃の虫取りの話や学生時代の恋愛話などは
常に目を輝かせて話すし、金で若い頃に戻れるならいくらでも
積むとさえ言っている。

松本人志に言わせると紳助は何をやらせても出来てしまい
どの世界でも成功するタイプ、ただし飽きっぽいのか何故か
すぐに止めてしまう。それは頭がいいだけに先が見えてしまう
からだと言う。
お笑いをもっとやって欲しいと願う松本は紳助に対し お笑い
をもっと追求すればもっともっと出来る人だと思うとも言って
いる。

…元相方の松本竜介が危篤状態な現在、意識不明の竜介に向か
って「お前、50歳になったら俺と漫才する約束をして その稽古
をするのが嫌やから喋らんフリしとるだけやろ」と語った
らしい。

本当に相方・竜介が復活したら 島田紳助・松本竜介の天下無敵の
つっぱり漫才を「つなぎ服」を着てあの時の様に世間を大爆笑
させて欲しいものです。その時が来るのを楽しみにしています。
                     …その1も見る
posted by YOU at 00:20| Comment(0) | TrackBack(2) | お笑い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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