2009年07月22日

ライバル伝説 中田英寿×野人岡野

1997年11月、日本の初W杯行きを決めた男、岡野雅行。
あの場面、延長で疲れの見え始めた相手にとって岡野のスピードは願ってもない切り札に思えた。

しかし野人岡野はあの場面、相当てんぱっていたそうである。
何せ、このW杯アジア最終予選、1度もピッチに立つ機会は与えられていなかった。最初の頃は本人は何故オレを使わないんだとずーっと思い、モチベーションもどんどん下がり、それなら代表辞退まで考えていたそうだ。

ところがそんな岡野を、あの中田英寿が岡田監督に相当プッシュしていたそうである。中田曰く、あんなにシュートを外すフォワードは滅多にいないが、あいつにはいい意味での意外性があると評している。
それより何よりあのスピードを評価していたのだろう。

岡野が入ると、何度ゴールを外しても岡野にパスを出し続けた。
ひょっとしたら、カズやゴンより最初から期待していたのかもしれない。中田がパスを出す位置にカズは追いつけないという話を、以前聞いた事がある。

そう中田の当時のVも流れていたが、中田のフィールド上での当時最年少でありながら上下関係を無視した先輩たちへの呼び捨て、キャプテン井原にもしていたんですね。カズや秋田、その辺でもびっくりしたけど…。

でも中田に言わせれば、サッカーするのにあの広いフィールド上でいちいち「さん付け」しているとプレーの支障にもなる。「何が悪いんですか」…確かに正論であり合理的な考えだ。
まぁ、中田だからカズや井原は我慢したのかもしれないが…。

確かに、チームワークもあるがその通りだと思う。
なので5歳年上の岡野も、あいつ呼ばわりされても、全くそんな事は気にしていない様子だ。

番組でも言っていたが、中田が入り間違いなく日本代表の力は押し上げられたと思う。
引退するには、早すぎる年齢だが元々彼は30代で別の人生を歩む事は昔から決めていたらしい。

こんな人生って格好いいのかもしれない。

posted by YOU at 01:13| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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